about mesothelioma

中皮腫概説

診断

胸膜中皮腫の診断について胸膜中皮腫と診断されるまでには様々な検査を行い、最終的に「生検」と呼ばれる腫瘍の一部を採取することによって診断が確定します。本項では診断のために行われる「検査」と、診断を確定するために行う「生検」について説明します。

Ⅰ 胸膜中皮腫で行われる検査

胸部X線検査

胸膜中皮腫の初発症状で最も頻度が高いものは「胸水貯留」です。咳嗽や呼吸困難感などの呼吸器症状を認め、胸部X線写真を撮影し胸水貯留の指摘を契機に、胸膜中皮腫が発見されることが多いです。また症状がなく健診などで胸部X線検査を行った際に偶然、胸水貯留が指摘され胸膜中皮腫が発見されることも少なくありません。

胸部CT検査

胸水貯留など胸部X線検査で異常が見られた場合、胸部CT検査を行います。
胸膜中皮腫の典型例では、胸部CTにおいて胸水の貯留だけでなく胸膜肥厚や胸膜腫瘍を認めます。造影剤を用いることで腫瘍部の同定がしやすくなります。
非常に早期の胸膜中皮腫においては胸水貯留のみで胸膜肥厚や胸膜腫瘍が見られないこともあります。 また胸部CTにおいて胸膜プラークと呼ばれる胸膜肥厚像が見つかることがあります。胸膜プラークは過去にアスベスト曝露があったことを示しています。
その一方、胸膜プラークの存在が胸膜中皮腫の発生を示唆するわけではなく、また胸膜中皮腫の発生母地にもなりません。

FDG-PET

FDG-PETとは特殊な薬剤を含んだブドウ糖を体内に投与し、その薬剤が身体のどの部分に集積するかを調べる検査です。悪性腫瘍や炎症などの活動性の病変に集積することより、胸膜中皮腫においては腫瘍の進展度や他臓器への転移の有無を調べるために行われます。

胸腔穿刺・胸水細胞診

胸水の貯留は心不全や肺癌、肺結核、肺炎、など様々な原因で発生します。その発生原因を調べるために最初に行われる検査が胸水検査です。胸腔穿刺といって胸に細い針を刺して胸の中に貯まっている胸水を一部採取します(図1)。
採取した胸水を用いて培養検査(細菌培養)や成分の検査を行うと共に、胸水中にがん細胞が存在するかを調べる検査(胸水細胞診)を行います。胸水細胞診で悪性腫瘍が疑われる場合は、診断を確定するため、生検を行う事が考慮されます。

胸腔穿刺の様子
図1 胸腔穿刺
体表から胸腔に向かって針を刺し、胸水を吸引しています。

Ⅱ 胸膜中皮腫の生検

胸膜生検の方法

生検とは、診断のために腫瘍の一部を採取する検査(手術)です。その方法には大きく分けて以下の3つがあります。

  1. 1.全身麻酔下胸腔鏡による胸膜生検(図2・動画1:以下、胸膜生検)
  2. 2.局所麻酔下胸腔鏡による胸膜生検(図3:以下、胸腔鏡検査)
  3. 3.CTガイド下針生検(図4:以下、針生検)

1.全身麻酔下胸腔鏡による胸膜生検(図2・動画1:以下、胸膜生検)

全身麻酔下胸腔鏡による胸膜生検の様子
図2 全身麻酔下胸腔鏡生検
手術室で全身麻酔下に胸腔鏡を挿入し、電気メスなどで胸膜を切り取ります。

動画1 全身麻酔下胸腔鏡生検
手術室で全身麻酔下に胸腔鏡を挿入し、電気メスなどで胸膜を切り取ります。

2.局所麻酔下胸腔鏡による胸膜生検(図3:以下、胸腔鏡検査)

全身麻酔下胸腔鏡生検の様子
図3a 局所麻酔下胸腔鏡生検
局所麻酔で鎮痛しながら胸腔鏡を挿入し、鉗子で胸膜を採取します。
図3b
図3c

鉗子を用いて壁側胸膜を採取しますが、鉗子操作による組織の挫滅が起こりやすく、診断に困難を来すことがあります。

3.CTガイド下針生検(図4:以下、針生検)

CTガイド下針生検の様子
図4 CTガイド下針生検
CT画像で確認しながら体表から針を刺し(赤の矢印)、腫瘍組織を採取します。

各生検方法に長所・短所がありますが、診断に必要な十分な検体が採取可能であること、胸の中を十分に観察できることなどの理由から、胸膜中皮腫についてのガイドライン(肺癌診療ガイドライン2022)では、胸膜生検が最も推奨されています。

CQ5. 確定診断のための胸膜採取法として,何が勧められるか?
推奨a.全身麻酔下での外科的胸膜生検により,十分な量の生検を行うよう推奨する。〔推奨の強さ:1, エビデンスの強さ:C, 合意率:90%〕
b.外科的胸膜生検の適応がない腫瘤形成のある症例においては,CTガイド下針生検をまず行うよう推奨する。〔推奨の強さ:1, エビデンスの強さ:C, 合意率:90%〕

肺癌診療ガイドライン2022より抜粋

胸腔鏡検査は胸膜生検と比較してやや低侵襲ですが、得られる検体の質がやや低く(サイズが小さい、鉗子で掴み取るため胸膜の挫滅が起こること、胸膜全層生検が困難であるため)、確定診断に至らないことがあります。また針生検については侵襲が最も低いものの、腫瘍と周囲組織との関連性を解析することが困難であるため早期症例には不向きです。腫瘤を形成するような進行症例において、胸膜生検に代わる方法として行われる事があります。

それぞれの生検方法の長所・短所を以下に示します。

全身麻酔下
胸腔鏡生検
局所麻酔下
胸腔鏡生検
CTガイド下
針生検
侵襲 大きい やや大きい 小さい
採取できる検体量
胸水の排液
早期症例への適応
生検部位への
腫瘍細胞播種リスク
多い 低い

胸膜生検の方法(図2・動画1)

患者さんは病気がある胸を上側にする側臥位で手術を受けます。胸膜中皮腫は局所浸潤性の非常に強い腫瘍で、生検を行った創部に腫瘍が転移してしまうことが多いため、一般的な呼吸器外科手術と違い原則的に2-3cmほどの1ヶ所のキズ(1ポート)で行われます(図5)。
なお、根治術を行う可能性がある場合は、根治術の皮膚切開ライン上に胸膜生検の創部を設定することが重要です。創部より胸腔鏡というカメラを胸の中に挿入し胸の中を観察します。胸腔鏡で観察しながら鉗子を胸の中に挿入し、壁側胸膜(場合によっては臓側胸膜も)を複数箇所において短冊状に切除し検査に提出します。切除が終われば胸水や胸の中に貯まった空気などを抜くためのドレーンを留置して手術を終了します。多くの場合、術後1週間以内に退院となります。

胸膜生検の方法
図5 生検時の皮膚切開について
極力1ポートで行うことが望まれます。根治術を行う可能性のある症例では、根治術の皮膚切開ライン上に生検のポートをおく(第5~第7肋間前腋窩線上)ことが重要です。

胸膜生検に伴うリスク

胸膜中皮腫に対する胸膜生検に伴うリスクとして以下の2つが挙げられます。

a.生検による合併症

胸膜生検は診断のために行う手術ですが、合併症の発生頻度も決して低くはなく注意が必要です。Iaffaldanoらは514例の胸膜生検(2000-2020年)で以下の様な合併症が発生したと報告しています。

生検方法 局所再発率
開胸生検 24%
胸腔鏡生検 16%
胸腔穿刺 3.6%
経皮針生検 4.5%
  • 死亡率(術後30/90日) 2.3%/6.4%
  • 合併症(軽微/重大) 7.8%/3.6%

出血や感染などの他に、長期大量胸水貯留例では胸膜生検の際に、一気に胸水を排液すると再膨張性肺水腫が起こるリスクがあります(図6)。

図6 生検後の再膨張性肺水腫
(a) 術前
図6 生検後の再膨張性肺水腫
(b) 術直後
図6 生検後の再膨張性肺水腫
(c) 術後15分

もともと胸水が大量に貯留している場合

手術中に一度に大量の胸水を排液することで、胸水によって虚脱していた肺が急激に膨らむことで肺水腫(再膨張性肺水腫)をきたすことがあります

b.生検に伴う中皮腫細胞の播種

前述の通り、胸膜中皮腫は局所浸潤性が非常に強い腫瘍であるため、胸膜生検を行った際の創部に腫瘍が転移・増殖し腫瘤を形成することがあります。この腫瘍細胞の生検部への播種の頻度は創部の大きさと相関しており、Agarwal らは、生検方法別の局所再発率を以下の様に報告しています。

胸膜中皮腫における生検の注意点

肺癌など他の悪性腫瘍と比べて胸膜中皮腫の生検は以下のような注意すべき点があります。

a.診断が容易ではない

胸膜中皮腫は一部の肺癌や肉腫など他の悪性腫瘍と画像所見が類似するだけでなく、慢性胸膜炎などの非腫瘍性疾患ともしばしば鑑別が困難な場合があります。胸膜生検においてこれらの疾患との鑑別を行うためには十分な検体量が必要です。基本的に胸膜中皮腫はびまん性に発育(胸膜の全ての部分に腫瘍が進展)していますので、胸膜のどの部分を採取しても腫瘍組織を確認することができますが、早期の場合は胸膜の一部にしか腫瘍細胞を認めない時もあり、そのような場合は胸膜生検を行っても適切な部位から胸膜を採取することができず診断が確定しない場合もあります。また、胸膜中皮腫では胸の中で癒着、感染(膿胸)、出血などを伴う事も少なくなく、至適な生検部位を判断することは決して容易ではありません。このような場合、腫瘍は胸膜の表面には存在しないこともあり、しっかりと診断するには壁側胸膜の全層を採取する必要があります。

このような背景から、胸膜中皮腫を疑って胸膜生検を行ったものの胸膜中皮腫の診断に至らなかった場合も注意が必要です。悪性腫瘍を疑って胸膜生検をしたものの診断に至らなかった症例のうち、約3.5~25%で悪性腫瘍(特に胸膜中皮腫)が判明したと報告されており、胸膜生検を行って胸膜中皮腫の診断に至らなかった場合でも一定期間(少なくとも1年間)の経過観察が必要と言われています。

b.迅速な診断が必要

胸膜中皮腫は他の悪性腫瘍と比較しても悪性度が高く進行が非常に速いことが特徴です。そのため、迅速に生検を行い早期診断・早期治療をすることが必須です。ところが、胸膜中皮腫は「希少がん」であるため専門医か少なく、生検や病理診断に時間がかかることが少なくありません。生検検体の量が少ない場合や検体の質が不良である場合には再度の生検を必要とすることがあり、そ の間に病状が進行してしまう恐れがあります。つまり、生検のスピードと質が予後に直接関わります。

兵庫医科大学呼吸器外科 橋本 昌樹

兵庫医科大学分子病理学 辻村 亨

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