about mesothelioma

中皮腫概説

内科的治療

Ⅰ はじめに

 胸膜中皮腫の治療法には、外科療法(手術)、放射線療法、薬物療法があります。治療法は、病気の広がり具合、進み具合(病期)や患者さんの年齢、体力、治療中の他の病気の状態などにより決定されます。手術で病変を取り切ることが難しいと考えられる場合には、薬物療法(化学療法や免疫療法)が治療の中心となります。薬物療法は、全身のがん細胞に対する効果を期待する治療法であり、一般に「抗がん剤(細胞障害性抗がん剤)による化学療法」、「分子標的治療」、「免疫チェックポイント阻害剤による免疫療法」の3種類があり、いずれも薬剤を使って、がん細胞の増殖を抑えます。
 一部の血液腫瘍や肺がん、乳がんなどでは分子標的治療の効果が確認されていますが、胸膜中皮腫に対してはこれまでのところ有効な「分子標的治療薬」は見い出されていないため、胸膜中皮腫に対する薬物療法は化学療法と免疫療法の2種類が中心となります。

Ⅱ 化学療法

 抗がん剤には、主に細胞が分裂する増殖過程に作用してDNA の合成を妨げ、その機能を障害することでがん細胞の増殖を抑える働きがあり、そのような抗がん剤を用いてがんを治療することを「化学療法」といいます。
 これまで、胸膜中皮腫では「プラチナ製剤(シスプラチン)」と「代謝拮抗剤(ペメトレキセド)」と呼ばれる2種類の抗がん剤を組み合わせた併用化学療法が初回標準治療として用いられてきました。抗がん剤はがん細胞だけを区別できず正常な細胞に対しても作用するため、抗がん剤の投与量を増やすとがん細胞に対する効果は増強しますが、正常細胞への有害な反応(副作用)も強くなります。そのため、抗がん剤の投与量やスケジュールは、効果と副作用のバランスが最適になるよう臨床試験により厳密に検討された上で決定されており、シスプラチンとペメトレキセドとの併用療法では、どちらの薬剤も点滴で投与され、3週間を1コースとして通常4~6コースの治療が行われます。
 患者さんによっては、吐き気や食欲低下、貧血や腎障害、感染症の併発などさまざまな副作用を伴いますが、治療効果と副作用には個人差があるので、慎重に評価を行いながら治療が行われます。
 シスプラチン、ペメトレキセドによる治療による効果が得られない場合は、ビノレルビン、ゲムシタビンなどの薬剤が用いられますが、その効果は限定的です。

Ⅲ 免疫療法

 私たちの体は、免疫機能が正常に働いている状態では、細菌やウイルスなどの異物が体内に侵入すると、それらを「非自己(自分でないもの)」と認識し、T細胞などの免疫細胞(リンパ球)が攻撃します。しかし、がん細胞は、非自己と認識されないように免疫細胞にブレーキをかけ、免疫機能の攻撃から逃れていることがわかってきました。そのがん細胞による免疫細胞へのブレーキ(免疫チェックポイント)を解除し、患者さん自身にもともとある免疫により、がん細胞への攻撃力を高める治療法を「がん免疫療法」といい、そのT細胞にかけられた免疫のブレーキを解除する働きがある薬剤を、「免疫チェックポイント阻害剤」といいます。
 免疫チェックポイント阻害剤は、その登場以来多くの種類のがんに対し有効であることが臨床試験で科学的に証明されてきました。胸膜中皮腫においては、「PD-1」という免疫チェックポイントに対する抗体であるニボルマブが、シスプラチン、ペメトレキセドによる初回治療(1次治療)の効果が得られなくなった場合の治療として一定の効果が得られることが示され、2018年に世界に先駆け本邦において胸膜中皮腫に対する2次治療以降の治療薬として承認されました。
 さらにその後、別の「CTLA-4」と呼ばれる免疫チェックポイントに対する抗体であるイピリムマブをニボルマブと組み合わせた併用療法が、初回治療においてシスプラチン(あるいはカルボプラチン)とペメトレキセドによる化学療法を全生存期間で上回ることが示され、このニボルマブ・イピリムマブ併用療法が、切除不能な悪性胸膜中皮腫の初回治療として2021年より保険診療の対象となっています。ニボルマブ・イピリムマブの治療スケジュールは、ニボルマブは2週間ごとに1回投与する方法と、3週間ごとに1回投与する方法の2種類ありますが、どちらの方法でも、イピリムマブは6週間ごとに1回で、いずれも点滴で投与されます。

Ⅳ おわりに

 免疫学の急速な進歩により、免疫チェックポイント阻害剤を用いた免疫療法はがんに対する有力な治療法となりましたが、その一方で、抗がん剤(細胞障害性抗がん薬)や分子標的治療薬と同様、すべての患者さんに有効な治療ではなく、急激にがんが進行する場合もあります。また、免疫に関連した副作用(間質性肺炎,甲状腺や下垂体などの機能低下症,大腸炎,皮膚炎,肝炎,脳脊髄炎など)を起こすことがあり、慎重に評価を行いながら治療を行う必要があります。
 胸膜中皮腫の薬物療法は従来、病気を治しきる治療というよりは進行を抑えながら少しでも体調のよい状態で日常生活を送ることを目指す治療、と位置づけられていますが、免疫チェックポイント阻害剤の登場以降、長期生存例も認められるようになってきています。
 日本石綿・中皮腫学会の会員は、これまでの胸膜をはじめとする中皮腫に対する抗がん剤、免疫チェックポイント阻害剤の治験・臨床試験に多数参画してまいりました。今後も、副作用の適切な対処法や個々の患者さんに適した治療法の選択法などを含めたさらなる治療法の開発に積極的に関わっていきたいと思います。

岡山労災病院腫瘍内科・呼吸器内科 藤本 伸一

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