以下は中皮腫の病理診断の概説です。中皮腫の病理診断の詳細や図譜は、金原出版「中皮腫瘍取扱い規約」にまとめましたので、 ご覧ください。
WHO第5版では主に以下の点が改訂された。
反応性中皮と中皮腫の鑑別には、免疫染色によるBAP1蛋白の消失、MTAP蛋白の消失、FISHによるCDKN2Aのホモ接合性欠失の検討が有用である。
今まで、小さな生検標本では浸潤所見があることが確実な悪性所見と考えたが、これらの補助的検査を行うことにより、浸潤所見を確認しなくても中皮腫と診断することが可能になった。また、これらにより、前浸潤性中皮腫の診断が可能になり、浸潤所見を確認できない体腔液の細胞診標本でも中皮腫と診断することが可能になった。
今まで高分化乳頭状中皮腫とした腫瘍は比較的良好な経過をとるため、通常の中皮腫との混同を避けるために、高分化乳頭状中皮腫瘍に変更した。
悪性中皮腫から「悪性」を削除し、びまん性胸膜中皮腫、限局性胸膜中皮腫とした。これは、高分化乳頭状中皮腫瘍が中皮腫の分類から外れたことによる。
上皮様中皮腫の組織型は多彩である。充実性solid、腺管乳頭状tubulopapillary、索状trabecularが典型的な組織像であるが、微小乳頭状micropapillary、アデノマトイドadenomatoid、淡明細胞clear cell、移行性transitional、脱落膜様deciduoid、多形性pleomorphic、リンパ組織球様lymphohistiocytoid、小細胞small cellなどの組織像もある。多くの上皮様中皮腫は細胞異型が軽度であるが高度な異型性を示すこともある。
上皮様中皮腫の診断には、免疫染色により陽性マーカーと陰性マーカーを検討し、癌腫ではないことを確認する。
陽性マーカーとして、感度、特異度の高いcalretinin、WT1、D2-40、HEG1を用いる。
しかし、calretininは肺癌、卵巣漿液性癌、ライディッヒ細胞腫などでも陽性になることがあり、D2-40は肺癌でも陽性になることがあり、WT1は卵巣漿液性腺癌は高率に陽性になるので注意が必要である。 このようなことから、中皮腫と診断するためには、少なくとも陽性マーカー2種が陽性で、陰性マーカー2種が陰性であることを確認する必要がある。陽性マーカーの1種のみが陽性である場合や陰性マーカーが陽性である場合は、中皮腫の診断は慎重に行う必要がある。
以下のマーカーは中皮のマーカーとしては特異度が低い。
CK5/6(中皮腫で陽性になることが多いが、扁平上皮癌も陽性で、低分化の腺癌も陽性になることがある。)
Thrombomodulin(中皮腫で陽性になることが多いが、扁平上皮癌でも陽性になることがある。)
Mesothelin(中皮腫で陽性になることが多いが、腺癌でも陽性になることがある。)
HBME1(中皮腫で陽性になることが多いが、腺癌でも陽性になることがある。)
CK7(中皮腫はCK7が陽性でCK20は陰性であることが多い。しかし、肺腺癌も同様である。)
Vimentin(上皮様中皮腫はvimentinが陽性になることも陰性になることもある。低分化の肺癌や肺肉腫様癌はvimentinが陽性になることがある。)
Claudin 4はもっとも有用である。その他、CEA、MOC31、Ber-EP4などを用いる。
肺腺癌との鑑別には、TTF-1、Napsin Aなどを用いる。 肺扁平上皮癌との鑑別にはp63、p40、desmocollin-3などを用いる。
腎細胞癌との鑑別には、claudin 4、PAX8などを用いる。腎細胞癌はCD10が高率に陽性になるが、中皮腫でも陽性になることがあるので用いない。 女性の腹膜腫瘍の場合は、卵巣癌との鑑別にER、PAX8などを用いる。 乳癌との鑑別には、ER、PgR、GCDFP15、mammaglobinなどを用いる。
上皮様中皮腫は細胞異型が軽度であることが多く、反応性中皮は高度の異型性を示すことがあるので、その鑑別は難しい。
浸潤所見が最も確実な悪性の根拠である。
上皮様中皮腫はEMA、Glut-1、CD146、IMP3などが陽性となり、デスミンが陰性となり、反応性中皮はEMA、Glut-1、CD146、IMP3が陰性となり、デスミンが陽性となることが報告されている。しかし、これらの結果は全例に当てはまるわけではなく、その結果だけで中皮腫と診断することはできない。
中皮腫はfluorescence in situ hybridization(FISH)法によりCDKN2Aのホモ接合性欠失を認めることがある(肉腫様中皮腫はほぼ全例で、上皮様中皮腫は半数以上の症例でホモ接合性欠失を認める。)。一方、反応性中皮にはCDKN2Aのホモ接合性欠失はなく、FISH法によるCDKN2Aのホモ接合性欠失の有無を中皮腫と反応性中皮の鑑別に応用できる。
Methylthioadenosine phosphorylase (MTAP)はCDKN2Aの近傍に存在する遺伝子で、CDKN2Aがホモ接合性欠失している腫瘍では、MTAPも共欠失していることが多い。CDKN2Aがホモ接合性欠失を示す中皮腫の多くは、免疫染色でMTAP蛋白が消失している。一方、反応性中皮にはMTAP蛋白の消失は見られない。したがって、免疫染色によりMTAP蛋白の消失の有無を検討することも、中皮腫と反応性中皮の鑑別に応用できる。
上皮様中皮腫の約半数の症例はBAP1蛋白が消失している。一方、反応性中皮はBAP1蛋白が消失することはない。したがって、免疫染色によりBAP1蛋白の消失の有無を検討することも、中皮腫と反応性中皮の鑑別に応用できる。
肉腫様中皮腫は紡錐形の腫瘍細胞が増殖し、束状配列あるいは無秩序な配列を示す。肉腫様中皮腫は胞体が豊かなものから細胞質の乏しい紡錘形細胞まで様々な形態を示す。核異型や核分裂像は目立たないものから顕著なものまで様々である。
線維形成性中皮腫は、肉腫様中皮腫の亜型である。密な膠原線維の増生を伴い、中皮細胞が花むしろ状あるいはpatternless patternを示して増殖する。手術標本では、少なくとも線維形成性中皮腫のパターンが50%を超えなければならない。しかし、生検標本では腫瘍全体の線維形成性中皮腫のパターンの割合はわからないので、線維形成性中皮腫とは診断せず、肉腫様中皮腫と診断し、コメントに所見を記載する。
肉腫様中皮腫は、サイトケラチン(AE1/AE3、CAM5.2等)が様々な程度に陽性となる。肉腫様中皮腫のうちカルレチニンが陽性となるのは約30%の症例で、D2-40はそれ以上の症例が陽性となる。CK5/6、WT1の感度は低い。
胸膜の肉腫様中皮腫の診断には、肺の肉腫様癌ではないことを確認する必要がある。肉腫様癌もサイトケラチンが陽性で、calretinin、D2-40が陽性になることもある。TTF-1、Napsin A、p63、p40が陽性となる場合は肉腫様癌と診断できる。GATA3がびまん性に陽性となる場合は肉腫様中皮腫を示唆する。しかし、これらが陰性の場合は、肉腫様癌と肉腫様中皮腫の鑑別は困難である。この場合、放射線画像や手術標本により腫瘍が肺に存在すれば肉腫様癌と考え、腫瘍が胸膜にびまん性に存在すれば肉腫様中皮腫と考える。しかし、肺の末梢に発生した小さな癌腫が胸膜にびまん性に広がるpseudomesotheliomatous carcinomaの可能性もあるので、慎重に診断する必要がある。
肉腫との鑑別は、肉腫様中皮腫はサイトケラチンが陽性で、肉腫はサイトケラチンが陰性であり、肉腫の由来細胞に対する抗体が陽性であることにより行う。しかし、肉腫様中皮腫の中にはまれにサイトケラチンが陰性であることがある。類上皮肉腫、血管肉腫、孤在性線維性腫瘍などの中にはサイトケラチンが部分的に陽性になることがあるので注意が必要である。
滑膜肉腫は,translocation t(X;18)(p11;q11)が存在するため、RT-PCRやFISH法によりこの転座を証明することにより診断できる。
線維性胸膜炎と線維形成性中皮腫の鑑別は難しいことがある。明らかな肉腫様中皮腫成分を認める、壊死を認める、明らかな浸潤所見を認める、転移巣を認める場合は、線維形成性中皮腫と診断できる。また、線維性胸膜炎はzonationを示し、線維形成性中皮腫はzonationを示さないことが鑑別に用いられる。しかし、生検標本の採取の仕方、切片の切れ方などにより、線維性胸膜炎でもzonationが不明瞭なることがある。また、線維性胸膜炎は細胞異型を示すことがあり、高度の細胞異型を示すと線維形成性中皮腫との鑑別は難しい。
肉腫様中皮腫ではCDKN2Aのホモ接合性欠失がほぼ全例に認められる。一方、線維性胸膜炎ではCDKN2Aのホモ接合性欠失はない。したがって、FISH法によるCDKN2Aのホモ接合性欠失の有無を線維性胸膜炎と線維形成性中皮腫の鑑別に応用できる。線維形成性中皮腫でBAP1蛋白が消失することはまずないため、線維性胸膜炎と線維形成性中皮腫の鑑別に免疫染色によるBAP1蛋白の消失の有無の検討は役に立たない。
二相性中皮腫は上皮様中皮腫成分あるいは肉腫様中皮腫成分が少なくとも10%以上存在する中皮腫である。なお、生検標本では、腫瘍全体の上皮様中皮腫成分と肉腫様中皮腫成分の割合を評価できないため、いずれかの成分が10%未満であっても二相性中皮腫と診断する。 上皮様中皮腫は間質成分の細胞密度が高く、異型性を示すことがある。この場合、間質成分が腫瘍成分ならば二相性中皮腫になる。上皮様中皮腫と二相性中皮腫の鑑別が難しい症例が存在する。
しばらくのあいだ、胸膜内のみに中皮腫が限局するmesothelioma in situと反応性中皮の鑑別は困難であった。しかし、近年、中皮腫にみられ、反応性中皮にはみられない遺伝子異常(CDKN2Aのホモ接合性欠失、MTAP蛋白の消失、BAP1蛋白の消失)があきらかになり、中皮腫と反応性中皮の鑑別が可能になった。放射線画像や胸腔鏡により肉眼的な病変を認めない場合でも、生検標本でmesothelioma in situの診断ができるようになった。しかし、生検部位以外に病変がないことは、胸腔鏡あるいは手術所見によるため、生検部位以外に組織学的にも病変がないかどうかはわからない。生検で診断されたmesothelioma in situは通常の上皮様中皮腫に進展する可能性があるが、通常の中皮腫の進展よりも緩徐である。生検でmesothelioma in situと診断された場合、どのような治療を行うかは確立しておらず、各施設で試行錯誤的にフォローアップ、あるいは治療が行われている。
病理学的に中皮腫のように見えても、数年間経過を見て、画像上腫瘤が認められなければ、多くは中皮腫ではなく、炎症性変化である。逆に、病理学的に炎症性変化のように見えても、数か月後に腫瘤が増大し、再生検で明らかな中皮腫の所見が得られ、中皮腫と診断されることもある。中皮腫の診断は病理所見のみで行わず、臨床経過、画像所見、細胞診所見などから総合的に行うべきである。臨床医との対話は重要である。
2023年6月1日
東京女子医科大学八千代医療センター病理診断科 廣島 健三